
長編小説『深い河』(遠藤周作著:講談社文庫)を読む。きっかけは、先月末のTV番組『こころの時代』が本作を2週(前編/日本人のキリスト教、後編/玉ねぎと宗教の壁)で取り上げ偶然見たからだ。
波風氏はもの心ついた時から、なぜ十字架に張り付けの裸の男が家に祀られ線香もあるのか、我が家の宗教はいったい何なのかを考えてきた。それは、病気の父が死を前にカトリックの洗礼を受け遺言で教会墓地に埋葬され、同時に仏教の波風家代々の墓にも分骨して埋葬したからだが、信仰と宗教と埋葬の疑問はいつしか人生上の問題となりそれは今も続いている。
文庫本の表紙(画像)を見て、ほーっと思った。4年前に初めて買った彫刻小作品の作家の『祈り』だったからだ。作品を並べたギャラリーに来ていた作家と話をし、温かい心を感じた。表紙の彫刻にするか手の彫刻にするか迷いママヨさんに決めてもらった。
TVの解説者が若松英輔氏だったことも、ほーっと思った。この人はいつも、心に浮遊したり沈んでしまった言葉にならない思いを、実に的確な言葉で「そういうことなんだよな」と納得させてくれる。
これは読むしかないな、様々な方角から誘われる読書。
届いた文庫本の裏表紙に「・・・本当の愛、それぞれの信じる神。生きること、生かされていることの意味、読む者の心に深く問いかける」とあった。高校時代に熱中した孤狸庵先生シリーズ以来の遠藤文学。(次回に続く)
深い思索が必要な長編小説だと気負ったが、2日で読む。合間に壁掛け時計2つ作りパチンコにも行く。小説家の読ませる腕だね、気にいった推理小説のようにページめくる。深いテーマの投げかけは読み終わって何度も何度も 同時進行で、『日本エッセイ小史』(酒井順子著)、マンガ『枕魚』(panpanya)。これに詩があれば最高だ。本で、思う・考える・感じる世界に浸る。