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見つかったもの

勤続30周年記念品の時計

腕時計は外出時だけ使い、家ではしないのが立男の習慣だ。その時計が忽然と消えた。家以外で外した記憶が無いから、いつもと違う場所に置き忘れただけだろう、そのうち出てくると暢気にかまえていた。スマホが時計代わりになるから困った感も薄かった。
 しかし、時間が経つにつれ時計のことを意識するようになった。大事な会議や人に会っている時、ちらりと時間を知るには腕時計がいいのだ。自分では買わない角形の文字盤、裏蓋に「永年勤続表彰記念」なんて刻印もあったよなあなんてしんみりした気持ちにもなった。惜しいと言うのでなく寂しい感じ、失って大事さがわかった感じだ。指先の小さな傷で身体全体を、そして再び指の大切さを、そしてまた身体のこと…とりとめの無い嫌な気分が時々湧いた。

 不便なので、かなり前に使っていたのを時計屋に持っていった。電池交換してもらったら、分解掃除も必要だと言う。少し足すと新しいのを買える金額だがお願いした。もう無くすわけにいかないと動かないのを腕に巻いて持って行ったのだが、丸い文字盤やその薄さがしっくりする感じがした。これで40代を過ごしたのだ。
 ちょうどその日だった。外から帰って来たらいつもの場所にいつもの時計が置いてある。日頃「あなたの捜し物で人生の半分は使ったみたいな気がする」のママヨさんが発見してくれたのだ。あっと声が出た、さりげなくこっちを伺っていたママヨさんと目があった、立男が笑ったらママヨさんがうなずいて笑った。話を聞くと、そこだったか、見つからないはずだ。
 今の立男は、新しかったり高価だったりはあまり意味がなく、慣れ親しんだのを見届けるのが大事になっている。時々止まったりどこかへ行ってしまうようなのを、使い続けるのが実はとても面白いことだと思うのだ。

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