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一本で始末

この頃、タオルで風呂上がりの始末している。冬場に濡れたバスタオルを乾かすのは難儀だし、昔はタオルしかなかった。タオルと石鹸箱だけが銭湯通いの必要道具で、ある時に粉シャンプーが加わり、それが液体に替わり、リンスなるものも入り、浴用道具が格段に増え運搬のために自家用洗面器が必要になった。銭湯に行かなくなった60年代末、家にバスタオルがあったかどうかは思い出せない。消費社会はやたらとものが増え捨てさせる。余談だが、タオルケットも70年代初頭出現の最新夜具だった。

 

タオル一本で濡れた身体を拭き切るのは実に気分爽快。老人が言うのもなんだが、大人になった気分だ。周りに迷惑かけずに手拭い一本で湯上がりの始末するのは、江戸しぐさの一つだった気もする、親が子に身につけさせる基礎的な所作、身辺的な自立の行いに挙げていた。身体のどこから始めてどこで終えるか、畳んだタオルをどう合理的に使いこなすか、なんてことを考えると風呂も意外に楽しい。身体を洗う大事さは承知しながら、いちいち脱衣着衣し、繰り返し湯船に出入りするのは面倒だが、さらに面倒なことを最後に加えるとあら不思議、風呂が楽しくなってきた😄タオル一本を、朝の洗顔から使い始めて、風呂上がりで使い終わる(洗濯物)サイクルも気分がいい。

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